Interview
社内公募で集まる10数人が、一年にひとつだけ地域の課題を選びます
株式会社エフコム
一年にひとつだけ選ばれる、地域の課題に。
エフコムというICTの会社に、ドリーム委員会という集まりがあります。社内公募で、毎年15人ほどが手を挙げます。年齢も役職も関係ありません。
テーマは1年でひとつ、やりきるところまで持っていく決まりです。

第一期でテーマに選んだのは、南相馬市にある馬事公苑でした。設備の魅力や価値をより伝えるために何ができるか、またその集客をどうするかを一年かけて考え、委員会が出した提案から、実際に動いた事業が生まれています。
社長は斎藤正弘さんです。

ーテーマも、集まったメンバーに任せているんですか。
斎藤「将来のためにこんなことをやりたい、やったら面白いんじゃないか。メンバーが話しているのは、そういうことです。何をやるかは、集まったメンバーが決めます。テーマが会社から降りてくることはありません。」
皆さんが持ち込む案も、この委員会で一緒に検討されます。
エフコムのお客さんは、官公庁と自治体、医療機関、介護施設、小学校から大学までの学校、それに民間企業です。システムを作って、動かして、直すところまでやります。県内にデータセンターを複数持ち、そこからクラウドのサービスも出しています。
ーどんな分野で、これから貢献していきたいですか。
斎藤「地域課題や社会課題を、ICTやAIを使って解決しながら、それをある程度ビジネスとしてマネタイズしていく。そういうことをやっていきたいと思っているんです。」
学校、医療や介護の現場、行政。学生が案を持ち込むとすれば、相手はこの並びのどこかになります。エフコムがこれまでに作ってきた知見や接点を、生かせる可能性があります。
社員は約360人います。あなたが一緒に企画を進めるのは、そのうち15人ほどの委員会です。
廃校を買って、拠点にした
郡山市熱海町の温泉街から少し山手へ入った場所に、エフコムの拠点である「エフコム ドリーム・ラボ上伊豆島」があります。ここは、2019年3月31日に閉校した旧郡山市立上伊豆島小学校の校舎を活用した施設です。
閉校後、郡山市が校舎の利活用事業者を公募し、応募したエフコムが選定されました。その後、土地と校舎を取得し、2022年4月に地域と新たな価値を創造する拠点として開設しました。
ードリーム・ラボという名前は、どこから来ているんですか。
斎藤「子どもたちが将来の夢を描きながら、勉強したり、スポーツをしたり、遊んだりしていた場所です。そんな場所だからこそ、私たちもここで自由な発想を大切にしながら、新しいビジネスやこれまでにない挑戦を生み出してほしいと思っています。」
ドリーム委員会の名前も、ここから来ています。ラボが開いたのが2022年、委員会が始まったのは、その次の年でした。
外観は小学校のままです。教室の黒板も、手洗い場も、廊下も、当時のままにしてあります。
2階は、社員が働くオフィスです。1階は、社員以外の方々にも公開しています。教室をそのまま使った「未来の教室」と、コワーキングスペースと、創業する人のためのインキュベートルームがあります。
校庭は100台ほど停まる駐車場になり、体育館ではフットサルやバレー、ボッチャなど様々なスポーツを行えます。2023年以降、会社の入社式もここドリーム・ラボで行っています。
この校舎には、町内会の回覧板が回ってきます。盆踊りと花見の会場にもなり、近所の農家がお米や野菜を分けに来ることもあるそうです。
10年通って、ようやく取引が始まった

斎藤さんがエフコムに入ったのは、1986年です。これからはコンピュータの時代だと思ったこと、それに地元に残りたかったことが理由でした。当時、地元で働くと言えば公務員か銀行です。
営業職を希望して入社しましたが、最初の配属はSEでした。入社後は、医療システムの知識や経験を身に付けるため、関連会社で約3年間実務を経験します。
その後、希望していた営業職へ異動。当時、医療ビジネスは2名体制でスタートしましたが、もう一人の担当者が医療SE部門へ移り、斎藤さんが中心となって営業活動を行うことになりました。県内の医療機関を一つひとつ訪問しながら、お客さまとの信頼関係を築いていきます。
当時の大規模病院には情報システム部門がありましたが、クリニックでは会計業務を手作業で行うことも珍しくない時代でした。まずは院長先生に会わなければ話が始まらない。そんな時代に、地道な営業活動を続けていました。
社内にはすでに取引のあるお客さまと担当営業がいました。「既存のお客さまを引き継いではどうか」という提案もありましたが、斎藤さんは「新しいお客さまへの提案に挑戦したい」と申し出ます。既存の取引に頼るのではなく、一から信頼を築きながら医療分野の開拓に取り組みました。
ーチャレンジをするうえで、大事だと思っていることは何ですか。
「新規のお客さまを獲得するのは、相手から声をかけてもらって始まるわけではありません。だからこそ時間がかかりますし、途中で諦めてしまったらそこで終わりだと思っています。」
そんな言葉を象徴するエピソードがあります。あるお客さまへの提案はなかなか受け入れてもらえず、当時の上司からも「そろそろやめた方がいいのでは」と言われるほどでした。それでも斎藤さんは足を運び続けます。
そして10年後、ついにそのお客さまとの取引が始まりました。当時の担当者の方とは今でも交流が続いており、仕事の関係を超えて一緒にお酒を飲む仲だといいます。
こうした経験があったからこそ、斎藤さんには「お客さまと直接向き合う現場で働き続けたい」という強い思いがあります。人と人との信頼関係を大切にしながら、一歩ずつ積み重ねていく。それが斎藤さんの営業スタイルです。
ー社長就任は、積極的な気持ちだったんですか。
斎藤「正直に言うと、私は社長になりたいと思っていたことはないんですよ。どちらかというと現場が好きだったので。」
斎藤さんが社長に就任したのは2021年6月。それまでは、東京にあるグループ会社へ約6年間出向していました。

実は、郡山へ戻るよう声がかかったときも、「もう少し東京で挑戦を続けたかった」と感じていたそうです。それだけ出向先での仕事にやりがいを感じ、充実した日々を過ごしていました。
ー就任して、これは変えたということはありますか。
斎藤「昔はどうしても、それをやったらいくら儲かるんだとか、こんな計画じゃダメだとか、そんなことばかり言って、敷居をすごく高くしていたんです。細かいことを言われるなら企画するのも嫌だ、となるじゃないですか。だから敷居は下げて、いけそうだと思ったらまずやろう、と。」
就任してすぐに大きく動かすと、かえって悪くなる。斎藤さんはそう考えて、最初の2、3年は慎重に進め、制度から少しずつ手を入れていったそうです。
ドリーム委員会も、そのときに始めた仕組みの一つです。社員が企画を持ち込む場は、ほかにもあります。こんなビジネスを考えた、こんなサービスを作りたい、という提案が社長のところへ上がってきます。
何をやるかは、決まっていない

委員会が扱うテーマは、毎年ゼロから決まります。あらかじめ用意された枠に学生を当てはめる、という進め方ではありません。何をやるかが決まっていない状態から始まります。
メンバーは全員、普段の業務を持ったまま手を挙げています。委員会だけを専任でやっている人はいません。
斎藤「みなさん通常の業務を持ちながら、その中で新しいことにチャレンジしてみたいという思いのある人たちが、手を挙げてくれています。」
集まるのは月に1回か2回です。全員が自分の仕事を抱えているので、手取り足取り教える時間は取れません。
1年の区切りが来ても、そこで終わりとは限りません。そのまま続くものもあれば、別の事業に移って形が変わるものもあります。
一人勝ちは、ないと思っている
2023年7月、エフコムは郡山市教育委員会と協定を結びました。締結式が行われたのは、ドリーム・ラボです。
協定には、学校のDXやGIGAスクール端末の活用、ICTを使ったSTEAM教育など、5つの取り組みが盛り込まれています。
そのなかで斎藤さんが話していたのは、先生たちの負担を減らすこと、そして、学校に来られなくなった子どもたちが、もう一度学校とつながれる環境をつくることでした。
「会社がそこまでやるのか」と言われることもあるそうです。
斎藤「学校とか教育委員会とか家庭に任せておいていい、ということではないんじゃないかなと思います」
そこには、地域への恩返しというだけではない、経営者としての現実的な視点もあります。
地域で子どもが育たなくなれば、やがて働く人も減っていく。エフコムを志望する人も少なくなる。そして、人が減れば地域の企業や消費も縮小していきます。
斎藤「一人勝ちってないじゃないですか。地域が疲弊したら、うちのマーケットも小さくなる。そうすると、我々も縮小せざるを得なくなる」
自社だけが成長し続けることはできない。会社が成長するためには、顧客だけでなく、働く人や、その家族が暮らす地域そのものが良くなっていかなければならない。
斎藤さんは、その考えを「三方よし」という言葉で表していました。
売り手だけでも、買い手だけでもない。世間まで含めて、三方がともに良くなること。
エフコムが教育という、一見すると本業から離れたところまで関わろうとしている理由は、そこにありました。

ー若い人と一緒に、何をやりたいですか。
斎藤「若い方がこんなことをやったら世の中が少し良くなる、というアイデアを形にする。そういうことを、一緒にやれたら面白いなと思っています。」
次にひとつ選ばれる課題は、まだ決まっていません。
一年にひとつだけ選ばれる、地域の課題に、_ _ _ _を。
(2026年8月 取材 松井司)

